釣り人の住処
施主の趣味は本の収集とフライフィッシング。「フライの雑誌」という名の本を10数年集めながら、まだ釣りに行ったことがないという変わった人だった。私は、中学生でフライフィッシングを始めたので、その釣りを好きな人の気持ちは分かるつもりだったが、釣りに行ったことがない釣り好きの気持ちというものはどんなものなのだろうか。他人の家を設計するという仕事上、相手の趣味や思考を理解することがとても大切だ。特に、趣味を通して互いの価値観を共有、共感することはプロジェクトを楽しく進めていく上で役に立つ。ある日、釣りに行った帰りに一冊の本を手渡された。イギリス人の映画作家で思想家のデレク・ジャーマンが、パートナーと2人だけの生活の場として建てた、小さな小屋と庭作りについてつづられた本だった。荒涼とした原野に建つ素朴な小屋と、荒野をそのまま切り取ったかの様な庭が印象的だった。ゆっくりと、時間をかけて作られた庭と建築は、原子力発電所が見える風景にさえ溶け込み、平和な時間を感じられるものだった。意図的であったかどうかは聞いていないが、釣りと本、彼の希望を共有する上で、これ以上の物はなかっただろう。この本を読み終え、釣りと共通する、他者の時間を共有することへの幸福感を感じた。僕にとって釣りと本は、全く別な空間、時間を過ごしながらも、互いの時間を共有できるものであって、そして、その点において幸福を感じる。この施主の為に目指すものが決まった。素朴でありながら、存在感を持ち、彼らの生活を優しく包み込む。あえて、内部と外部の結びつきを強くせず、庭と室内が視覚的ではなく、精神的につながる様な建築、離れていながらも、互いの存在を意識できるような建築。 10年後、この家と施主、僕との関係がどのようになっているか、とても楽しみだ。
Design: 眞田大輔 / 佐藤尚子
Land: 神奈川・横浜
Client: 個人
Construction: 有限会社松井建築
竣工年月日: 2015年9月
用途: 個人住宅
構造・構法: 木造
基礎: ベタ基礎
階数: 地上2階
敷地面積: 198
建築面積: 73.48(22.26坪)
延床面積: 97.5(29.54坪)